仁井 英行 福知山マラソン
11月23日に福知山マラソンに参加してきました。
 
 
僕自身、初のフルマラソンと言う事もあり、申し込んでから個人的に少しずつLSDも取り入れて、チームのみんなともLSDをして来ました。
 
 
そんなある日、朝起きようと思ったら腰に激痛が・・・
まさにギックリ腰ってやつです(滝汗
それからと言うもの、痛みがなかなか取れず、少しマシになって走ってみては再発と言った感じで、全然練習も出来ず、気持ちばかり焦りましたが、ここはやはり痛みを取る事が先決と思い、針を打ったりして暫く安静にしてました。
そのかいあって当日までには何とか回復したので、1ヶ月間殆ど練習出来てない状態ではありましたが、とりあえず走れるとこまで走ろう思い、無謀な挑戦とは知りながらもスタートラインに立ちました。
 
 
それまでにチームのみなさんから頂いたいっぱいのアドバイスを胸に刻みながら号砲と共に駆け出しました。
 
 
アップも全く出来てなかったので、最初の5kmまではアップのつもりでゆっくり走ろうと思いスタートしたのですが、周りに流され、入りの5kmが26分16秒と当初の予定よりも3分も早い入りでしたが、そのスピードをキープしながら20kmぐらいまでは当初予定してたkm/6分よりもはるかに早い入りで走りました。
 
10km/54分01秒(26分26秒)
 
15km/1時間21分32秒(27分31秒)
 
20km/1時間50分02秒(28分29秒)
 
 
20kmを過ぎた頃から腰の痛みと脚の疲労が早くも出だし、嫌な痛みを感じながら走っていると、この頃から折り返してきた人達と次々とすれ違い出し、気を付けながら見ていたら、まさにその時、P-manのユニホーム姿の人が颯爽と走って来るではないですか!!
それはまさしく、やっさんでした!!
もう、むっちゃ嬉しくてP-manのユニホーム姿のやっさんが見えた瞬間からアピールして、『やっさ〜〜〜ん!!』って叫ぶと気付いてくれてこっちに寄って来てくれ、すれ違いざまにハイタッチしてすれ違いました。この時あまりにもの感動で、サブイボがいっぱい出て泣きそうになりました。ほんとあの時いっぱいのエネルギーを貰いました!!
その後直ぐに、ひらりんさんとすれ違い、ひらりんさんには向こうから声をかけてもらい、そこでもハイタッチ出来ました。その後続々とP-manメンバーとすれ違いました。
 
 
○内師匠・○田師匠・S本君・千代川○内師匠・Y浅さん・コータロー君・ヒロシ。
(漏れている方スイマセン・・・)
 
みなさん、全員気付いてくれて、改めてメンバーの素晴らしさと言うものを痛感しました。折れかけていた精神力も復活し、もう一度エンジンをかける事が出来ました!!
 
ですが、気持ちとは裏腹にタイムは落ちる一方・・・
 
 
ここへきて末ちゃんのアドバイスが頭をよぎりました。。。
 
 
 
『前半の5秒〜10秒の速い入りが後半の3分以上の落ち込みに繋がります』
 
 
 
そう、まさにこの事を言っていたのかと思い出しました。
ここから先のタイムは急降下する一方でした。
 
 
 
21.0975km/1時間56分33秒(自己最高より15分遅れ)
 
25km/2時間22分39秒(32分37秒)
 
30km/2時間59分32秒(36分53秒)
 
 
30kmからいっきに脚が動かなくなるよ!!ってみんなから聞いていたのですが、僕の場合、25kmぐらいから足に鉄アレイを引きずりながら走ってる様な感じでした。体力はまだ大丈夫だったのですが、脚の体力は既に限界に近づいてきており、何とか4時間前半ではゴールしたかったのですが、かなり厳しいと思い始め、次なる目標を4時間30分以内と大幅に変更してゴールを目指しました。
 
30kmを過ぎてからは、脚を誤魔化しながら走ると言った状態で、もう走ってるとは言えない様な状態でした。
 
 
35km/3時間45分41秒(46分08秒)
 
 
35kmからは自分の足とは思えない様な状態で、攣りそうになっては止まってマッサージと言う状態を幾度と無く繰り返し、鉄の様になった脚を引きずりながら、あと少しあと少し言い聞かせ、自分を奮い立たせながら走りました。
この時既に4時間30分以内も無理と確定し、後はせめて5時間以内を目標にと思い、ただただ走りました。
 
その反面、最初からこうなる事とは分かっていたものの、自分の不甲斐なさにも情けなくなってきました。
 
 
これってマラソンと言えるのか!?
これじゃタダの我慢大会じゃないか!!
根性試しじゃないか!!
このまま走り続けても意味があるのか!?
 
 
と、何度も何度も思いました。
 
73歳のおじいさんに抜かされた時は、本当に情けなくなりました。
でも、逆にあのおじいさんでもここまで走ってきているのかと思うと、せめてあのおじいさんだけには負けられないと思い、何とか40kmまで辿り着き、ラスト1kmにもなると沢山の人達が沿道から苦しそうに走っている僕を見て、あと少しだから頑張って!!と、応援してくれ動かなくなってるはずの脚も自然とゴールへ向きました。
 
で、待っていたのが最後の関門、心臓破りの坂・・・
 
まさに、『こんなの聞いてないよぉ〜〜〜〜〜』って感じでした。
 
平坦な道を走るのも精一杯だったのに、あの登り坂は反則です!!
 
その坂を上ってる途中で、もう本当に脚の限界で、痛くて辛くて涙で目を潤ませながら、もう気力だけで最後の坂を駆け上がり、ゴールテープ(そんなのありゃしね〜)を切る事が出来ました。
ゴールした週間、両足が攣りそうになり、暫く動けなくいると、係りの人がやって来て、
 
『タンカー持ってきましょか!?』
 
って言われて、このままタンカーで運ばれてはこっぱずかしいと思い、ここは
 
『いや、結構です。。。』
 
と、未練タラタラでご丁重にお断りいたしました。(本当は楽して運んで貰いたかった・・・)
 
そんなこんなで、今まで経験した事の無いぐらい超フラフラになりながらも何とか完走出来ました。
高校時代、バスケットをやっていましたが、その時の合宿よりもキツかったです。。。
 
 
今回、初のフルマラソンを走って沢山の収穫がありました。
走りながら、『もうフルは無理!!』って思いましたが、今は4時間切りを目標に来年の福知山にもチャレンジしたいと思います。
 
チームのみんなとすれ違った時、本当に仲間って良いもんだと何度も何度も思いました。
 
 
            
                P−man最高!!!!!
 
 
 
フルマラソン
 
4時間48分28秒
 
 
 
 
長々と読んで頂きありがとうございました。。。
 
 
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